【受容 その3】他者を「受容」する前に「受容」しなければならない者って誰?
◇前回【受容 その2】では、カウンセリングの基本として、お相手を「受容」することは、相手の『自己重要感』を認め、受け入れることにつながり、全ての人が、この「自己重要感欠乏症」にかかっている。
だからこそ、カウンセリングのみならず、日常生活であなたが、幸せに成功するための不可欠な心的態度なんだ、ということを、ご説明してきました。
◇次に、この、相手をありのままに受け入れる=「受容」することは、想像以上に難しく、どうやればできるのか・・・ という命題にぶち当たる訳です。
◇沢山の「お答え」と「やり方」があり、それこそ、全てのカウンセリング理論の基本的技能につながっていく内容になります。
◇が、今回は、その中でも、基本中の基本で「ちょっと聞くと、なんだ、そんなこと・・・」と思われるかもしれません。
が、しかし、
実は、こいつが、一番大切で難しく、「カウンセリング」に関らず、全ての人のハッピーライフの元とも言える内容なんです。
それは、一言で言えば、聖書にも出てきますが、
●「汝自身を知れ」●
の一言に尽きるんです。
以 上・・・・
では、「何のこっちゃか、ワケ分からん!!」と苦情のメールが殺到しそうなので、もう少し、詳しく、この『汝自身を知れ』を皆さんと、ご一緒に考えて行きましょう!!
◆まず、何よりも「他者」を受け入れる(=「他者受容」)前に、
その大前提として、あなたが、
●あなた自身を『理解』し『受け入れて』(=受容)いなければ」ならないんです。(=「自己受容」)
◆ちょっと考えて見れば、分かりますよね・・・
例えば、あなたの中学生の甥っ子(おいっこ)に、
「おにいちゃん(おねえちゃん)中学の数学、教えてよ!」
とセガマレテモ、もし
あたなが、中学の数学なんか、トウの昔に忘れ去って「分かっていない」
としたら
教えられるわけがありません。
◆つまり、自分が「分かっていない、理解していない数学」を、他人に教えたり他者の理解の助けをすることは、到底できっこない話なんです。
◆いや、むしろ、「人に教える」には、「教えること=中学の数学」に関して「相当深く、理解、体感」していないと、出来ません。少なくとも、教える相手より、相当深く、良く理解していないと、出来ない相談です。
よく、「人に教えられて、1人前」などと、言います。
◆それと、同じで、自分も受容していない人間、自分自身のことすら深い理解をしていない人間に、『他者』を理解し、受容することは、不可能なんです。
◆「馬鹿言ってんじゃないよ、自分のことは、自分が一番知ってらい!!」
って声が聞こえた気がしますが、それは正しくもあり、真っ赤な間違いでもあります。
◆なぜって、「あなたの知らないあなた」が存在しているからなんです。
それとね、自分で「受け入れていない自分」が、あなたの中にも必ずあるんです。
◆だって、誰だって「嫌な自分」「受け入れがたい醜い自分」(と自分で思っている)といった側面が、あるものですよね。
◆悲観的で、自己嫌悪の強い人は、もちろん、どんなに楽観的で
ノー天気な人でも、
×「俺って、なんて馬鹿なんだろう・・・」とか、
×「私って、なんでこんな、意地悪な性格してるんだろう・・・」とか、
×「なんで、あんな嫌味なこと言って相手を傷つけちゃったんだろう・・・」
なんて、
○「自分の言動」に後悔の念を持ったことのない人は、いないんだと思います。
☆万一いたら、その人は「神様」か「狂人」か、でしょうね。。。
◆「自分でも、ホトホト嫌になっちゃう『自分』がいる。。。」
でも、そんな『嫌になっちゃう自分』も含めて、
あなた自身が、あなたを「全て、ありのままに」受け入れること・・・・
素直に、純粋に、「それが自分なんだな」、、、
と、「受け入れてあげる」こと、責めるんじゃなくて、批判するんじゃなくて、反省するんじゃなくて、
●「ありのままの、あなた」を、ただ「受け入れてあげる」こと。。。
「あなたの頭=理性」だけじゃなく「あなたの体=根本感情」で、
この「自己受容」が出来たら
あなたは、幸せへの道の入り口に既に立っています。
◆でもね、オイラを含めた、多くの凡人にとっては、この
●「あるがままの『自分』を、『嫌いな自分を、含めて』丸ごと受け入れて、引き受ける」
ってのが、ホンマに、難しいことなんです。
それでは、どうすれば、
●「あなた自身」を「理解」し、「あなた自身を受け入れられる」のでしょうか?
◆次ページ以降で、徐々に明らかになります。(具体的で実践的な手法も含めて)