あなたは、「核兵器のボタン」を握れるか!
カウンリングの源流 【通説】
◆今までは、「カウンセリング」に親近感を持って頂くように、くだけた調子で、体験談をご披露しながら、お話してきました。p>
◆この「カウンセリングの源流」の歴史については、「歴史的な事実」ですので、ちょっとだけ改まって、まじめに(いつも、超まじめですが・・・)解説させて頂きますので宜しく!!
【通説】
「カウンセリング」という言葉が、現在使われているのとほぼ、同じ意味で使われだしたのは、アメリカ合衆国において、1900年代初頭のことである。
「カウンセリング」の確立には、大きく3つの分野での「運動」が、多大な影響を持ち今日の「カウンセリング」の源流となった。
◆アメリカで起こった「現代カウンセリングの原点」・・→「3つの運動」とは?
●3つの分野とは、「職業」と「教育」と、「病院」である。
つまり、
@職業指導運動
A教育測定運動
B精神衛生運動
の、3つの運動で、これが、1900年代初頭に、アメリカで大きな潮流となった。
この「3大運動」が、後に、現代「カウンセリング」の源流となり、カウンセリングの「基本的な考え方」に多大な影響を与えた。
@職業指導運動とは、
1908年に、”アメリカの職業指導の父”と呼ばれる「パーンズ(Persons,F.」(1854〜1908)が「カウンセリング」と言う言葉を、職業指導運動の中で、はじめて使用した。「職業指導」とは、今で言う、就職時の、学生に対する「就職相談」での「カウンセリング」が、最もイメージが近い。
つまり、「職業」を、単なる「生活の手段」を得るため、と捉えるのではなく、個人の「自己実現」を実践するための「天職」と考えた。
また、企業の側から見ても「最も適した人材」が、「最も適切な職種」につく『適材適所』の発想は、大いに歓迎されたと思われる。
パーソンズのスローガンである『丸い釘は、丸い穴に』に、この「適材適所」の思想が端的に現れている。
パーソンズは、この「適材適所」を実現するために、3つの過程を説き、実践していった。
すなわち、
1)「職業の分析」 2)「個人の分析」 3)「カウンセリング」
の3つのプロセスである。
1)の「職業の分析」とは、その仕事には、どんな条件を持った人物が最も相応しいのか「仕事の中味」を、まず調査、分析することである。
例えば、
●「国際線のパイロット」には「俊敏性」「動体視力」「体力」等につき「平均的な一般人」より以上の身体的能力が求められる。
また、メンタル面でも、平均以上の「冷静な判断力」「胆力」などが、必要とされる。
私が、アメリカ駐在中の「典型的なアメリカ人の上司」は「職業軍人」あがりで、「核兵器のボタン」を、砂漠の地下壕(ちかごう)の中で握っている「ロケットランチャー」という「職業」についていた。
その上司の話によると、「核兵器のボタン」を握り締める「職種」につくまでには、「体力面」と「精神面」で、想像を絶する「トレーニング」と、徹底した「検査」が実施されるそうだ。
彼曰く、「トレーニングのシビアさも辛いが、何より嫌だったのが、自分の家族や、遠い祖先まで、『精神面に変調をきたした人物』が1人でもいないか、
いわゆる
「バックグラウンドチェック」(ある人物の生育歴、家族に少しでも異常がないか調べること)の凄まじさ、、だよ。」
つまり、「核兵器のボタン」を砂漠の地下深くで握り締め、いつ来るやも分からない「アメリカ合衆国大統領」からの「発射命令」を、待つ・・・という、極めて特殊な「職種」には、
「精神的な強靭さ(メンタルタフネス)」や「体力的な強さ」と、「周辺の血縁者」に精神異常の兆候が少しでもなかったか、、、など極めて厳しい「ハードル」が、設定される訳である。
つまり、「パイロット」「核兵器のボタン握り締め役」といった「仕事の中味」を、よく調べ、明らかにし、「その仕事につける条件」を、明確化するプロセスが、この「職業の分析」である。
いわば、
●釘(=人)を、打ち込む側の「穴」(=仕事)の形が、丸いのか四角いのか三角なのか、●を「明確にする」過程だと言える。
◆2)の「個人の分析」は、
「釘」である個人の持っている「能力、適性」を調べ、特にその個人が、優れている「特性」を、分析し、明らかにしていく過程である。
例えば、「人前で話をするのは苦手でも、1人で黙々と『機械いじり』をするのは、誰よりも好きで、得意な人がいたとすれば、明らかに「舞台俳優」より「自動車修理」や「機械の設計」など「エンジニア」の分野に適性がある。
つまり、個々人の「職業適性」について調査、分析していく過程が「個人の分析」である。
いわば「釘」の形を明確にするプロセスである。
◆3)、1)の「職業分析」と、2)の「個人の分析」を有機的に結合していくことが「職業指導」の真髄 であり、このプロセスこそ、まさに「カウンセリング」行為なのである。
当初、アメリカでは、この3つのプロセス(「職業の分析」「個人の分析」そして「カウンセリング」) は、日本における「ハローワーク=職業安定所」の様な場所で、長きにわたり実施されてきたが、時代の進展と伴に、社会人になる前の「学生」に対しても行われるようになっていった。
つまり「就職」を控えた学生が、どのような職業についたら良いか、、という「人生の大きな選択」を迫られる時の「職業、進路指導」の中で「カウンセリング」が極めて重要な意味をもって捉えられ「職業カウンセリング」(Vocational Counseling)という言葉がはじめて誕生した。
この「職業指導運動」から、派生した「カウンセリング」の考え方が、現在のカウンセリングに最も、影響を与えている特筆すべき点は、
●「職業」=「仕事」とは、人が生きていくために、しかたなく、やらされる「苦役」ではなく、マズローの言う、人としての最高の精神レベルである「自己実現」を、現実化するための1つの、「形」なんだ。
という考えである。
つまり、「人間の尊厳」を最も体現化させる「職業選択」について、非常に重要な役割を担うのが「カウンセリング」である、という思想である。
▲この「性善説」とも言える前向きな「人間観」は、流派を超えて現代カウンセリングの底流をなす「思想」として受け継がれている。
A教育測定運動
◆「教育測定」とは、「個人の資質、適性」は、全て「心理テスト」で、測定できる。
という考え方と、その実践のことである。この「教育測定」の考え方は、ソーンダイク(Thorndike,E..L..1874〜1947)の、次の言葉に、端的に現れている。
●「全ての「存在するもの」は、量的にも「存在する」。 量的に「存在する」ものは、それを『測定できる』。」
つまり、人間の知能、精神力、適性、性格は、全て「存在」するから、「テスト」によって「測定し」「数値化」できる。
というのが「教育測定運動」の考え方である。
◆多くの革新的な「技術」や「産業」が『戦争』によって飛躍的な進歩を、もたらしてきたのは、人類の歴史が証明している。
「戦争」や「軍事目的」で、飛躍的に開花した「革新的技術」の代表例は、「核兵器」や「ロケット」、、、はたまた、今をときめく「インターネット」ですら、そうした背景で、技術的進歩を果たしてきている。
これと同じことが「心理学」特に、この「教育測定」にも当てはまり、個人の性格、能力、適性を「測定」する「心理テスト」は、第一次世界大戦時に、アメリカで、飛躍的な発展を遂げた。
敵国と「武力」と「武力」で戦い、一国の命運を賭ける「戦争」は、古今東西、国家が、最も、力を入れてきた分野の1つである。
従って、国家の、あらゆる資源(金、人、時間、もの、知恵など)を、「戦争」や「軍事力」に、集中させてきたのが、悲しいかな、我々「人類」の歴史である。
皮肉なことに、この国家レベルで「戦争」や「軍事」に力を入れてきた歴史が、人類の文化や産業、、ひいては「心理学」の飛躍的発展をもたらしてきているのも反面では、真理である。
つまり、戦争に「勝つ」ために、「人間」が、どんな適性や能力を持っているのかを、正確に見極める必要が出てくるわけだ。
いつの時代も(たった今でも)こうした事情は変わらないが、第一次大戦時のアメリカで、特に「心理テスト」の開発、進歩が画期的に進んだわけである。
そうした背景から「心理テスト」「知能テスト」「性格テスト」など、あらゆる「テスト」が、新たに開発され、飛躍的な進歩を遂げた。
- 「ある人物」が、そもそも「兵士」として、どれだけの「素質」があるのか、
- 彼は、「陸軍向きか、海軍向きか、」
- はたまた、最前線のリーダーたりうる資質と能力を備えているのか・・・」
- 彼は、戦場の「兵士」より、むしろ「スパイ」に向いている・・・
こうした戦争における「人間の測定」方法、手段の開発、実践には、国家をあげて心理学者が、総動員される。
アメリカでは、1930年代に入ると、「戦争を契機に開発、発展した多くの『心理テスト』が、『学校教育』の世界に応用された。
つまり、「学生」の「知的、体力的能力」や「性格(パーソナリティー)」を、測定することに「心理テスト」の手法が、積極的に取り入れられたのである。
この「教育測定」=「心理テスト」は、前述・1)職業指導の2)「個人の分析」に、非常に大きな貢献 を果たしている。
それは、「職業指導」の側面からも「心理テスト」を応用し「個々人の正確な適性」を分析することに、大いに役立ったわけである。
反面、「人間の心」を、神ならぬ「人間自身」が作った「テスト」で、数値化し、正確に掴む行為には、限界も当然ある。
どんなに「精巧に作られた心理テスト」でも、この世で最も不可思議な「人間の奥深い心」や 「精神」を、100%完全に、把握、評価することなど、神様でもない限り、不可能なことは、自明のことである。
「勉学」や「仕事」にも、通じることだが、「計画」をたて、「実践し」、「テスト」で「数値化」し評価する手法は、無くてはならない有効な「方法」である反面、「数字」だけが一人歩きすると、
人間を1つの枠に閉じ込めたり、「数字」のレッテルを貼り、個人の可能性を、つぶしてしまう危険がある。
例えば、「偏差値教育」の弊害は、言われ出して久しい。 本来「偏差値」は、ある生徒が、他の生徒と比較して、現時点でどのレベルにあり、「○○大学」に入れる可能性を示す「指標」にしか過ぎない。
確かに、こうした「今の自分の実力(=学力)」を、できうる限り「客観的に数値化」し、将来の目標と することは、極めて大切な行為である。
ただ、「偏差値」=「自分自身」=「○○大学」・・・と、レッテル化され「数字」が絶対しされだすと 様々な「弊害」が出てくるので、要注意である。
B精神衛生運動
◆「精神衛生運動」は、1908年、ビアーズ(Beers,C.W. 1876〜1943)が、『わが魂に、会うまで』(=A Mind That Faced Itself)を著し、「全国精神衛生協会」の設立を契機に、はじまった。
ビアーズは、彼自身が、4度の入退院を繰り返す「うつ病」の経験者だった。
だからこそ、うつ病患者が、主観的ではあるが、その内面で「いかに苦しみ、つらい思い」を、しているかを、うつ病患者の側から十分、理解していた。
ビアーズは、うつ患者の内面的苦悩を公にすると共に、その「苦悩」を理解した上で、治療や、待遇の改善をするべきだと、主張した。
この「精神衛生運動」以前の、うつ病患者に対する待遇は、劣悪で、今でこそ、うつ病や、ノイローゼに対する世間一般の理解が深まったが、
当時は、
ちょっとした外面的なうつ的行動だけで、「異常者」のレッテルを貼られ、監禁、監視状態に置かれるなど、
まさに「精神衛生上」極めて好ましくない「環境」と「待遇」だったのである。
この状況を、打破し、改善していったのが、ビアーズであり、この「精神衛生運動」そのものである。
更に、ビアーズは、精神的不健康の予防と、「うつ病」などの「心の病」にかかっている患者の内面的な立場に立った「臨床」と「心理療法」の必要性を主張したのである。 ◆
「心理療法」が、精神病者の内側の心的世界を「援助」するスタイルが、はじめて提唱され、現在の「カウンセリング」の、さまざまな「心理療法」にも多大な影響を与えている。
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