「イエス キリスト」は、偉大な「カウンセラー」だった!!
【カウンセリングの歴史〜カウンセリングの源流】
(私見)
◆カウンセリングの源流については、前のページで、散々書いた通りです。(←これ教科書的な通説)
◆でも、良く考えてみると「カウンセリング」の内容自体は、「人間」が「人間」としての心を持ちはじめ、お互いに「言葉」でコミュニケーションを取り出した頃から存在していたと、私は思いますね。
つまり、太古の「原始時代」から、人間社会が発生していた時代に、すでに「カウンセリング」的な行為は、行われていたんだと思います。
だって、そうでしょ、、 人が集まって生活し出せば、
●「今日は、食い物のイノシシ狩りがうまくいかなかった。」
だの、
●「農作物が、日照りで全部やられちゃった・・・」
とか、
●隣のミヨちゃんと、仲良くなりたかったのに、腕力のある、ボスに横取りされた・・
なんて、悩みは、太古の昔からあったはずで、その悩みを聴いてくれる長老(=オサ)みたいな存在の、ジイ様やバア様は、必ず存在したはずです。
まあ、当時は「相手の悩みを聞くこと」が「専門の仕事だ・・・」なんて意識を持ってはいなかったでしょうけど、実質的には「現代のカウンセリング」と同じ様なことを、実践してたんだと思います。
◆それが、証拠に、宗教曲の中では、「イエス キリスト」も「偉大なカウンセラー」と呼ばれてたんです。
そう、「イエス キリスト」は、あまりにも偉大で大きな存在だったから「預言者」「救世主」などなど、多くの役割を担ってたんでしょうけど、その一部分として、たしかに「現代にも通用する【カウンセリング】を実践していた【カウンセラー】でも、あった訳です。
◆そう考えれば、日本でも、お寺のお師匠さんや、お坊さん、ハタマタ、「村の長(おさ)」が、同じ様に「日本的なカウンセリング」を、大昔から実践していた「カウンセラー」だったと言っても、過言ではないでしょう。
◆そう、「ブッタ」(=お釈迦様)だって、ある意味「偉大なカウンセラー」だったんだ、と言えると思います。
ここまで来ると「宗教」と、「現代カウンセリング」の関係やいかに!!
なんて、大学の偉い先生が研究する様な、遠大なテーマ(ってちょっとオーバー??)になって、これだけで、HPが1個出来ちゃうんで、この辺にしときますけど、
1つだけ言っとくと、 例の、私の「カウンセラー」小林先生が、この間受けた「カウンセリング」で、とても興味深いことを、おっしゃってました。
それはね、
◆「僕も、西洋の色んな心理療法家の理論や、考え方は、可能な限り1つ、1つ見て使ったりしてるけど、最後の最後、究極は、
「キリスト教の教え」や、「仏教の根本的な思想」にたどり着いたりすることも多くって、そっちの方が、場合によると 『理屈抜きで、ピンと来る』ことも多いんだよね。」
という、何気ない一言に、妙に「共感」してしまったんです。
「カウンセリング」も「宗教」も、あらゆる人間の可能性を心から信じ、救っていけば、全ての人が幸せになれるものだ、、、という強い「人間観」が共通してあるからなんでしょうね、
究極の部分で、理屈抜きの「共通性」を感じられるのは。。。。
あなたは、どう思われますか?